如来様からいただいた力を
一つひとつ丁寧に
如来様に返していく
それが大事なお仕事なんです (加来雄之)
山西睦子(むつこ)さんのお母さま、岡本礼子(れいこ)さんは、長らく仏教のお話を聞いておられましたが、2015年5月に亡くなられました。晩年は要介護5の寝たきりで、食事もトイレも全介助だったそうです。認知症もかなり進んだと言われます。
しかしお念仏は、「これだけは忘れたくても忘れられへんねん」といって、「南無阿弥陀仏」だけは称えておられたそうです。山西睦子さんは、
「南無阿弥陀仏」を核として生きたということは、いろいろなことを失って呆(ぼ)けていくのだけれども、ますます光芒(こうぼう)を放ってくるというか、中心があるので周りが抜け落ちていっても、ますます「南無阿弥陀仏」が光って、最後は「南無阿弥陀仏」の世界に還っていける。(『崇信』2016年3月号)
とおっしゃっています。いのちが終わっていくのではなく、最後まで一瞬一瞬、「新しいいのち」を光らせ続けたということでしょう。
また、山西さんは、礼子さんから引き継いで「大和(やまと)仏教センター」という学びの場を開かれています。それで礼子さんがもうお話しを聞きに行けないようになり、ご縁のある加来(かく)雄之(たけし)先生と相談したところ、加来先生は「それなら、ベッドサイドでやりましょう」と寝たきりの礼子さんの横で一か月に一回説法されたそうです。
そこで加来先生がこういうことをおっしゃったそうです。
「礼子さん、これまであれもやって来た、これもやって来た、仏教センターもやってきた、いろいろやって来た。今までいろんな仕事をやって来たけれど、それは如来様からたまたま頂いた能力。これからの礼子さんの仕事はね、如来からいただいた力を一つひとつ如来に返していくのですよ。それが、これからの礼子さんの大事なお仕事なんですよ。」「大事に丁寧に返していきましょうね。最後は、自分の体も全部お返しして如来の世界に還っていくのですよ。」(同上)
私たちは、寝たきりになったり、呆けたりして、弱っていくことを悲しんだり恐れたりします。しかし安心して弱っていける世界が与えられているということを、礼子さんのお姿から知らせていただきます。












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