2026年3月の法語掲示板

地上に天国を実現するという試みは いつでも地獄を生んだのである

(カール・ポパー)

イスラエルとアメリカがイランに大規模な軍事攻撃を始めて1か月以上が経ち、ロシアによるウクライナへの侵攻もおさまる気配がありません。暴力を正当化し、国際法も無視するような行動を、大国のリーダーが平然と行う時代は、いったいどこに向かうのでしょうか。

 『仏説無量寿経』に、法蔵菩薩の四十八願というものがあります。その第一願にはこうあります。

たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。

(たとえ私が仏になるとしても、国に地獄・餓鬼・畜生があるなら、私はさとりを得ることはありません。)

「地獄」は命を理不尽にも傷つけられる恐怖、「餓鬼」は満たされない欲の苦しみ、「畜生」は支配され自由のない苦しみの表現と言えます。命を傷つけ、欲により奪い合い、支配されることのない世界を願う誓いです。誰もがそのような世界を望みます。しかし、その願いはときに行き詰まり、もしくは裏目に出るということがあるのです。

 誰からも危害を加えられないような、地獄のない社会を作ろうとして、核爆弾のような、何十万もの人を一瞬で殺す地獄を生みだすようなものを作るわけです。現在の戦争もそうでしょう。自分の国を”天国”にしようとして、かえって世界を混乱させ、憎しみが憎しみを生みだすような世の中をつくり出しています。

 身近な場面でもそうです。私が以前担当した(*注)ある女性は、難病で身体が動かず、目線を使って文字盤で会話していました。しかしうまくいかない。すると横にいた夫がお腹を殴り始めたのです。見かねてそれを止めに入ったら、甘やかしてできなくなったらどうするんだ、と逆に怒られました。善意が暴力になるのです。(*注 住職は脳神経内科医でもあり、病院で患者さんを受け持っていました)

 介護施設でもそうです。明るく自由に過ごしてほしいから、外部のイベントにも参加する機会を作る。すると、外に出ては危ない、何かあったら責任がとれないなどといって、外出を制限する人が出てくる。本人は良かれと思ってやっているから悪気がない。しかしその善意が、行動を制限して自由を奪うのです。そしてかえって身体を弱らせてしまう。

ですから、先ほどの第一願は大事な願いですが、それだけだと人間は、全く逆のものを作りだしてしまう。だから次のように、第十願というものがあるのです。

たとい我、仏を得んに、国の中の人天、もし想念を起こして、身を貪計せば、正覚を取らじ。

(たとえ私が仏になるとしても、その国の人や天人たちが、もし心に思いを起こして、自分や自分のものに執着するようであれば、私は決してさとりを得ることはありません。)

「想念」というのは私の思いであり、その思いが自分や自分のものに執着する。自分の国は守るけれど、他の国はどうなってもいいといって、恐ろしい兵器ができる。自分の考えが正しいといって、他者の立場に立って声を聞かず、一方的に善意を押しつけ、気づかないうちに人を支配する。

そういう人間のあり方に気づかなければ、地獄・餓鬼・畜生のない世界を願っても、裏目に出るわけです。カール・ポパーが指摘したしたのはそのことであり、親鸞聖人は「雑毒の善」と言っています。自我に立つ善が、苦悩と争いを生むということを、私たちは見つめなければなりません。


●受念寺からのお知らせ

◇仏教書の輪読会 [第2金曜日]
4月10日(金)午後2時〜(受念寺併設の図書館「念々堂」にて)

◇おあさじ(晨朝。朝のおつとめのこと)[第4土曜日]
4月25日(土)午前7時半〜 (15分程)

受念寺では、2026年から、第4土曜日・午前7時半〜、晨朝法要(おあさじ)を行っています。15分ほどのおつとめです。

正信偈(草四句目下)
念仏和讃(同朋奉讃第二)(今月の和讃は「釈迦弥陀は慈悲の父母」です)
回向(願以此功徳)
ミニ法話

普段の生活の軸として、どなたでもお参りください。


◇住職継承法要 (兼 永代経法要・兼 先代住職一周忌法要)
5月9日(土)午後2時〜

第22世住職(岸上仁)は昨年9月末に正式に任命されました。そのご報告の法要を執り行います。

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